そうだ、島へ行こう!対馬紀行日記③~対馬の海 Part I


tsushima island

対馬の海。リアス式海岸が特徴。

今回はちょっと専門的なお話を・・・。

対馬市役所:海洋保護地区についてです。

対馬市役所はバスの終点からすぐ。そこにある水産課を訪れ、阿比留さんと長岡さんに対馬の漁業について伺うことに。午後4時半ごろに着きました。PCなどが入ったバックパックとスーツケースで朝から移動していたため、よれよれ、へとへとでした。

漁業を守ろう!と対馬近海に「海洋保護区」を設ける準備を阿比留さんと長岡さんが進めています。

海洋保護区の定義や対馬での取り入れの詳しい情報は本HPの「対馬の海洋保護区構想」(http://tsvr.sakura.ne.jp/suisantraceability/?page_id=2)にあります。簡単にいえば、乱獲による魚の獲り過ぎを阻止し、毎年安定した漁獲量を保つように管理をしていく取り組みなのです。もちろん海は広いので管理するのは大変。一定の地区を決めてまずはそこから管理を行うので、「保護区」なのです。

(余談になりますがインカ帝国では奴隷の数を毎年の「行事」に確保するため、村を攻めても虐殺をせず村が復興できるくらいの人数を生かしておいたそうです。これをflower peopleと呼ぶのだそうです。村を全滅させてしまったら奴隷人口がいなくなりますから。思考は違いますが、保護をするということには人の営みが懸かっているのです。生きるか死ぬかの真剣勝負なのです!)

なぜ対馬で?と。

対馬といえば対馬海流でしょう!この暖流に乗って暖かい東シナ海で生まれ育った魚が餌の豊富な対馬の海で大きくなってさらに日本海を北上するのです。

ただ海流の話だけならそれほど特別に感じませんが、実は対馬ってもっと凄いのです。ほぼ南北(正確には北北東南南西)に長く延びるこの島は南方より流れ込む対馬暖流を真っ二つにしてしまいます。そして二つに分かれた海流は再び上対馬の北の沖で合流するのです。

対馬海流が真っ二つに分かれた際、海域の少し広い東側(日本海側)に流れ込む海流は時に渦潮現象を起こし、これが海底地形や地球のコリオリの力などにより反時計回りに回るそうです。そしてこの「対馬渦」が深海からプランクトンを海面に引き上げ、それを狙った魚達が連鎖的に増えていきます。そのため、対馬海域では魚種も多い訳なのです。

また魚が豊富な訳に、南方の東シナ海の存在が不可欠です。この海は魚など海の生物が好んで産卵場としています。そこで育った魚、特に回遊魚が対馬海流に乗って日本海に出て行く通過点に対馬があるのです。そして東西に分かれた海流は対馬北東でまた合流。栄養分豊かなその海域で魚はドンドン育っていくのです。

これが対馬が優れた漁場である理由の一つです。

しかし近年水揚げ高が減ってきています。そして漁師の高齢化に伴い、対馬の人口は著しく減少気味です。魚が減った原因は様々でしょうが、その一つとして環境問題が挙げられます。これに対応するため、対馬市役所水産部・海洋資源保全室では阿比留さんと長岡さんを筆頭に「対馬海洋保護区」の設立に力を入れています。今はまだ保護区となっていないせいか、他県の漁船が対馬の海域で大量に魚を捕獲しているようです。これは対馬の経済にとっても大変な問題です。保護区設定で規制を設ければ秩序良く漁業することが出来るのではないでしょうか。ただ保護イコール禁漁と間違えられることが多いようで、なかなか苦労もあるようです。

対馬は前にも紹介しましたとおり縦長でリアス式海岸の島です。ほぼ入江ごとに小規模な漁港がある、旅人から見ると風情のある場所です。実際には毎朝朝早くから漁船が行きかい獲れた魚が飛び交うような忙しい所です。そして各漁港で獲れた魚は集中的に下対馬に集められ、そこからフェリーで福岡の大きな魚市場に卸されます。また上対馬の漁港からも下対馬に集中するようです。

かつての対馬では漁師の人口は7万人もいた時期があったそうです。しかし今ではその半分以下の32千人だそうです。各漁村での漁師の高齢化、それに伴う若者の漁村離れが大きな原因と考えられます。

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