そうだ、島へ行こう!対馬紀行日記④~おっどん祭りの日 Part III


網代のアマダイ漁師、森口船長。

網代のアマダイ漁師、森口船長。

網代のアマダイ漁師、森口船長。港の海をのぞき込んでいる姿が怪しかったのか、背筋のシャキッとした小柄な紳士が家から出てきました。なんでも近づいてくる台風の準備をしに外に出てきたとか。船着き場とかの固定をするのだそうです。この方、網代(あじろ)のアマダイ漁師、森口船長。御年80歳。人生をアマダイ漁一筋にかけてきた人物です。その魚に対する熱心さ、そして知識の豊富さが買われ、10年ほど前に上対馬漁協の依頼で横浜の方の大学でアマダイを専門とする研究者が森口船長の家にホームステイしていたそうです。なかなか部外者に対しても協力的な漁師さんなのです。

森口船長によりますと、「アマダイといえば網代、網代といえばアマダイ」と言われたほど昔(昭和30年代頃)網代はアマダイ漁業が盛んな集落だったらしいです。しかし今は森口船長を含めこの集落では3人しかアマダイ漁をするものがいないということです。そしてそのうちの一人が森口船長の長男、跡継ぎです。

アマダイ漁は朝3時半~4時ごろに海に出て、半日経った午後の3、4時ごろに戻ってくるスケジュールだそうです。これは一日中の仕事、しかもずっと海の上という、かなりきついものです。さすがの森口船長も体力的に大変だそうです。でもずっとアマダイ漁師だった誇り、プライドがあるのでしょうか、80歳になってもまだ毎日ではありませんが月に10日ほどはアマダイ漁に出るそうです。いわゆるセミリタイアですね。勿論つれたアマダイは所属する上対馬漁協に水揚げしています。

丁度今の時期の漁ではレンコダイ(連子鯛)が良く獲れるそうですが、それは自分たちが食べるかあるいは近所に分けてしまうそうです。その他の魚はアマダイも含め、上対馬漁協へ。今でも現役の漁師である森口船長の家系は代々漁師で、森口船長の父親の世代の頃に最もアマダイ漁が盛んだったそうです。その影響でしょうか、森口船長も中学3年生のころから漁に出て手伝っていたそうです。中学を卒業してそのまま躊躇することなく自然と漁師になったということです。

網代のアマダイ歴史。昔の網代、昭和30年代頃、アマダイ漁師がほどんどで集落の2/3は船をもっていたそうです。集落の港にはあ多い時で70隻ほどの船が泊まっていて、良くぶつかり合っていたくらいの混みようだったらしいです。それが今、平成の時代ではアマダイ用の船が3隻、他5隻くらいだそうです。70隻も入る港に10隻イカの船。このままではこのかつては賑わった漁港が消えてしまいます。

なんでも昭和50年くらいまではアマダイ漁師が沢山いたそうですが、昭和55年くらいには段々とその数が減っていったそうです。そして今現在、たった3人。

そもそもアマダイの値段が安かったことに原因があったようです。アジなどの魚はキロ800円くらいだったのに対し、アマダイは200円程度。沢山穫れてもそんな安値ではやっていけない漁師もいたそうです。しかしどんどん漁師が辞めていった時と同じ時期に、京都に新しい市場が開き、キロ1000円で取引されるようになってきたそうです。

また昭和40年代には巻き網漁法の許可が出、森口船長もその漁法に移ったそうです。何故ならこの方が効率的に沢山魚が獲れるからです。キロ800円から1000円で取引されるアジもこの漁法で獲れたそうです。勿論狙う魚はアマダイだったのですが。

巻き網の網は四国でアマダイを獲る網と同じものを対馬で作ったそうです。対馬でその新しい漁法で挑戦したのですが、一か月くらいは全くアマダイが穫れなかったみたいです。でもその一か月過ぎたあたりから順調にアマダイを捕獲できていったそうです。しかしこの漁法は沢山余計な魚も掛かり、その為使用反対があったそうです。今ではアマダイ漁ははえ縄で行っており、一匹一匹丁寧に釣り上げています。

とにかく森口船長は様々な漁法を試して常にどの方法が魚にとっても人にとっても、また環境や海にとって最適かを研究し続けてきた漁師さんなのです。漁師さん、ただ単に魚を獲るのではなく、色々と考えて魚という動物と戦っているのです。確かに実験を繰り返し結果を出す、という意味では私たち研究者と同じなのですが、それプラス現場での強さ、現実との向き合い方がもっと切実に真剣勝負なのです。同じ、と思う方が可笑しいかもしれません。またこの真剣さが人としてカッコいいんです!

漁師としてその人生を全うしている森口船長。また彼もその長い漁師人生の中で、対馬の魚の水揚げ量が年々低下していることにいち早く気付いた一人でもあります。20年頃前に既に漁業の保護に賛成していた人物でもあります。しかし若い世代の漁師が大きな借金を抱えて船を共同で購入し、沢山魚を獲って大きく稼ごうとする中、水揚げ高、獲る魚の数の制限を強制的に強いるのは気の毒に思い、自分の考えを押していけなかったそうです。

このように理想と現実の間で複雑な思いで生活をしているのは皆同じです。漁師生活は魚を獲っているだけでシンプル、とか漁師は閉鎖的でとっつき難い、といったステレオタイプな漁師像は森口さんというアマダイ漁師からは見えてきません。これは国境に位置し古くから外部の民族との付き合いの多かった対馬という島の漁師であるから、という事なのか、それともアマダイという魚に試行錯誤で挑戦し続けたこの人の人柄からなのかは分かりません。ただ私は本物の漁師に出会えた、という感激でいっぱいでした。

そうだ、島へ行こう!対馬紀行日記④~おっどん祭りの日 Part III」への1件のフィードバック

  1.  森口船長のアマダイ、海の資源への思いに感動しました!
     魚の生態、生息環境を考えながらの、丁寧な漁業!

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